興禅寺【こうぜんじ】

  • 神社・お寺・旧跡

源頼朝の家臣で鎌倉幕府の侍所の別当として権勢を誇った梶原景時が、1174年に菩提寺として建てた寺である。

当時は真言宗の寺として名高かったが、頼朝 の死後、景時父子が滅ぼされて、景時の孫の豊丸と遺族および家臣の一部が、この羽黒にのがれて館を築いて住みついた。

これが興禅寺の北東の竹やぶの中に 残っている羽黒城跡で、今は堀のごりと高台のみが、その昔をしのぶよすがである。

その後、梶原家は衰えて寺も衰徹し、1479年に臨済宗妙心寺派になっ て、寺も復興に向かい、景時から19代の茂助景義が織田信長に仕えて羽黒三千石の領主となって寺を再興した。

しかし、1584年の小牧・長久手の戦の兵火 にあって焼失し、1596年に梶原屋敷内に再興されたものである。今もこの付近の地名を城屋敷といい、寺には梶原景時の首を葬った景時の墓があり、近くに は、景時が主君頼朝から与えられた名馬磨墨を葬ったといわれる磨墨塚も残っている。

施設名称
興禅寺
所在地
犬山市大字羽黒字城屋敷16
電話
0568-67-0032
駐車場
禁煙/喫煙
喫煙

神社・お寺・旧跡