天下人が愛した国宝犬山城の秘密を探る PART2

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最終更新:2026年04月25日

天然の堀・木曽川と、要塞のような山に守られた犬山城。そもそも、この山はどうやってできたのでしょうか?その秘密を探るため、地質学の第一人者・脇田浩二先生(山口大学)と犬山をぶらりお散歩!太古の昔から果てしない宇宙まで、時空を超えて想いを馳せる壮大な旅へ出かけましょう。

※本記事の一部は、通常非公開エリアにおいて特別な許可を得て撮影・紹介しています。

#1 犬山城の山
~木曽川とチャートがつくった「独立峰」

広い海の真ん中から数億年の旅をした岩石「チャート」

犬山城が建つ山の中へ来ました。こちらの特徴的な岩を「チャート」と言います。これは、ただの岩ではありません。数億年前、日本から遠く離れた広い海の真ん中(今のハワイ付近)の海底で「放散虫」というプランクトンの死骸が降り積もってできたものです。プレート上のチャートは、人間の爪が伸びるほどの速さで数千キロの距離を旅し、日本列島へと到達しました。海溝で陸側に削り取られ、押し上げられる際の凄まじい圧力によって、本来は水平だった地層は激しく折れ曲がり、切り立った崖へと姿を変えます。チャートが1000年に数ミリずつ積み重なってできたことを考えると、この岩盤の上を1歩歩くごとに、私たちは約50万年という悠久の旅をしていることになります。

チャートの硬さを活かした人工の要塞「切岸」

犬山城には、チャートの性質を活かした人工の要塞が作られています。他の岩石が雨風にさらされて土となり、なだらかな斜面を形成していくのに対し、非常に硬いチャートは風化に抗い続け、急峻な崖としてその姿を保ちます。一方で、この岩は一定の方向に「パカッと剥がれやすい」という特性を持ち合わせています。

戦国時代の武士たちは、この特性を正確に見抜いていました。あまりの硬さにノミで削ることは困難でしたが、彼らは岩の「割れ目」を巧みに利用し、表面を一枚ずつ剥ぎ取るように加工することで、足場のない垂直な壁「切岸」を作り上げたのです。自然の崖をさらに二段の平場へと加工したこの陣地は、重い甲冑をまとった敵を寄せ付けず、上から槍や弓で容易に撃退できる堅固な要塞となりました。石垣が普及する以前の、岩盤を加工して防御に転用した、極めて貴重な遺構です。

地形が生んだ奇跡の城山

この地にポツンと「城山」が残されたのは、木曽川の流れが関係しています。木曽川が長い年月をかけ、城の東側の硬いチャートを削りました。その後、川の流れが城の西側に変わり、元の流れ(城の東側)が作った凹みには土砂が溜まって、お城に最適な「孤立した城山」が奇跡的に取り残されました。日本屈指の水量と削剥能力を持つ木曽川が、戦略的に極めて有利な「独立した高台」を形作ったのです。

この地質図を見ると、犬山城が建つ「城山」が周囲から独立した小さな山であることがよくわかります。硬いチャートでできたこの場所だけが侵食に耐え、木曽川の流れの変化によって“取り残された”ことで、現在のような独立峰となりました。一方、上流の栗栖周辺では、異なる種類の岩石が何層にも重なり、まるでミルフィーユのようなチャートの地層が広がっています。このあと訪れる木曽川では、その様子を実際に観察することができます。

数億年かけて海の底で降り積もったプランクトンの死骸が岩になり、地球の力で犬山の地で立ち上がり、それを戦国武士が知恵と技術で削り取って鉄壁の防御とした――。犬山城は、地球のダイナミズムに人間の知恵が重なった奇跡の場所なのです。

※犬山城の切岸は特別な許可を得て撮影したものです。現場は危険を伴うため、関係者以外立ち入り禁止の非公開エリアとなっております。

#2 木曽川(桃太郎キャンプ場)
~世界が注目する「地質の聖地」

栗栖園地キャンプ場(通称:桃太郎キャンプ場)へやってきました。目の前に広がるこの景色は、世界中の研究者が注目する地質の教科書です。ここでは、数億年前の地球のドラマを直接見ることができます。

「絶滅と復活」の記録

ここにある岩は、チャートではなく「砥石型珪質粘土岩(といしがた けいしつ ねんどがん)」と呼ばれるものです。約2億5000万年前、巨大火山の噴火に起因する温暖化で海から酸素が失われ、海洋プランクトンを含む地球上のほとんどの生物が絶滅し、泥だけが静かに堆積した時代の産物です。実際に化石はほとんど含まれておらず、地球史上最大の「大量絶滅」を記録した貴重な証拠と言えます。この地層の上位へと続く連続性の中には、わずかな生き残りから再び放散虫(プランクトン)が爆発的に復活し、豊かな海を取り戻していく過程が克明に記録されています。

「海洋プレート運動」の痕跡

木曽川の対岸では、数千キロという果てしない旅を経て一つになった、由来の異なる石の「セット」を観察できます。赤い石は「チャート」、白い石は「砂岩」、黒い石は「泥岩」です。現在のハワイ周辺のような遠い海でプランクトンの死骸が数千万年かけて積もった「チャート」と、日本列島近くの海溝まで到達した際に、陸から流れ込んだ土砂である「砂岩」や「泥岩」。これらがプレートの沈み込みによってダイナミックに重なり、一つの地層となった姿を観察できる場所として、ここは世界中の研究者が訪れる「地質学の聖地」となっています。

【チャート】
海に漂うプランクトン(放散虫など)の殻が長い時間をかけて積もった岩石。成分のほとんどがガラスと同じシリカでできており、非常に硬く、赤や白などはっきりした色合いが特徴。

 
【泥岩】
泥(非常に細かい粒子)が固まった岩石。波の穏やかな深い海で静かに堆積し、表面はなめらかで、黒や濃い灰色をしていることが多い。

 
【砂岩】
砂が固まった岩石。川や陸地から運ばれた砂が海底に積もってできる。粒が比較的大きく、ザラザラした手触りで、白っぽい・薄い茶色が多い。

 

「宇宙のリズム」を刻む縞模様

チャートに見られる独特のミルフィーユ状の縞模様は、天文学上の周期「ミランコビッチ・サイクル」を反映したものとされています。地球の自転軸の傾きや公転軌道のわずかな変化が、太陽との距離や日射量を変え、太古の海洋環境やプランクトンの繁殖周期を支配しました。この1枚1枚の層を分析することで、数億年前の地球がどのような「宇宙のリズム」の中にいたのかを解明する手がかりが得られます。この場所は、悠久の時を流れる木曽川が硬い岩盤を削り取ったことで露出した、まさに「地球の素肌」です。その価値は単なる地域資源を超え、全人類が共有すべき地球環境の変遷史を物語っています。

 
※現地見学の際は「桃太郎公園駐車場」をご利用ください。周辺の岩場は足元が滑りやすいため、十分に注意してご見学ください。
※名勝木曽川の指定地であるため、石を割ったり、持ち帰ったりしないでください。

#3 白山平山(東之宮古墳)
~チャートに刻まれた、宇宙と地球のリズム

東之宮古墳のある白山平山へやってきました。白山平山全体がチャートの岩盤でできていて、古墳へ向かう遊歩道で岩盤が露出している様子(露頭)を見ることができます。

断層と褶曲(しゅうきょく)

地層の並びがU字やV字に見えるのは、地層がプレートの力で押されて曲がった「褶曲」です。褶曲ができる時に同時にできた岩盤の割れ目である「断層」も岩盤の中にたくさん見ることができます。褶曲や断層の多くは、地層が海の中にあった時期から地表に上昇するまでの間にできましたが、一部の断層は陸上の地滑りでできたものもあります。

チャートの特性と希少性

チャートは、成分の約99%が二酸化ケイ素(シリカ)というガラスに近い物質で構成されていて、非常に均質で硬いため、風化しにくく、鋭利に割れる特性を持ちます。その硬さから、古くは石器や火打ち石としても重宝されました。チャートが赤いのは、深い海の底で噴出した玄武岩由来の鉄分が酸化したためです。そもそも海の底には玄武岩由来の鉄分が多く、約20億年前の深海底で堆積した縞状鉄鉱層が現在の鉄資源の大半を占めています。私たちが毎日使っている鉄は、地球が深海底に蓄積した過去の「遺産」であり、新たに作られることのない限りある資源なのです。そのことを犬山の赤いチャートを見たら、思い出すことができます。

濃尾平野の成り立ち

東之宮古墳が築かれた白山平山山頂から、濃尾平野が一望でき、まさにこの一体を治めた王様に相応しい景観が広がっています。濃尾平野は、木曽三川の土砂が堆積してできていますが、中でも犬山北部を流れる木曽川の土砂が一番多く濃尾平野の形成に貢献しています。硬いチャートを削って細長い谷を急流として流れた木曽川は、犬山城を過ぎたあたりで、広い濃尾平野に出て流れが急に緩やかになります。そうすると川は土砂を運ぶ力を失い、川の周辺に土砂を堆積させます。濃尾平野の西側の養老山地の東側には養老断層があり、断層の東側が次第に沈み、だんだん標高が低くなって行きます。それに伴って、犬山方面から流れ出た土砂は、養老断層にむかって西側に厚く、東側に薄く堆積しています。濃尾平野は、犬山から流れ出た木曽川の流れと、養老断層の動きが連動して出来ました。その土砂の堆積は現在も続いているのです。

#4 結びに代えて
~足元に広がる「数億年の時間旅行」

脇田先生と歩いた犬山の大地は、単なる風景ではなく、数億年という時間が幾重にも折り重なった「地球の記録」そのものでした。

はるか遠い海で生まれたチャートが日本列島へと運ばれ、激しい地殻変動によって立ち上がり、やがて戦国の武士たちによって要塞として磨き上げられていく――。私たちは今、そんな壮大な地球の営みと人の知恵が重なり合った場所の上に立っています。

木曽川の流れや岩の表情に目を向けるとき、そこには太古の絶滅と復活、そして宇宙のリズムまでもが刻まれていることに気づくはずです。地質は決して遠い過去の話ではなく、今この瞬間も私たちの足元で静かに語り続けています。

地球を知れば、風景が変わる。風景を知れば、犬山がもっと面白くなる。
天下人が惚れ込んだこの地には、まだ見ぬ「時間の物語」が眠っています。

さあ、次はあなた自身の足で、数億年の旅をたどってみませんか?
 

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