犬山城の御城印誕生

更新日
2019年5月4日

改元に合わせて、一般社団法人は犬山市観光協会(会長:小川征一)は令和元年5月1日から、国宝犬山城の御城印を犬山城前観光案内所で頒布します。用紙はユネスコ無形文化遺産の美濃和紙を使用し、御城印には大きく「国宝犬山城」の文字。地元の書家・松浦白碩先生による揮毫。背景には犬山城にゆかりのある織田家・豊臣家・徳川家・成瀬家の家紋が描かれています。今年に入って観光客から御城印について問い合わせが相次いでいたため、改元にあわせて頒布を開始することになりました。

犬山城の御城印

頒布開始:令和元年5月1日
頒布場所:犬山城前観光案内所(犬山市犬山北古券12番地)
頒布時間:9:00-17:00
頒布料金:300円(1枚につき)

織田信長

犬山城は1537年に織田信長の叔父・信康によって創建されました。1565年に信康の子・信清は従弟にあたる信長に犬山城を奪い取られ、信長の家臣で乳兄弟にあたる池田恒興が城主となりました。

豊臣秀吉

1584年には秀吉対徳川家康と信長の次男・信雄との間で「小牧・長久手の戦い」がはじまりました。当時の犬山城主は信雄の家臣・中川定成でしたが伊勢出兵中で不在であったため、信長の死後に秀吉の家臣となった池田恒興が木曽川をわたり奪い取り、犬山城は秀吉軍の本拠地となりました。

徳川家康

1600年の関ケ原の合戦で、犬山城は西軍側(石田三成軍)の前線基地でしたが、前哨戦で東軍(徳川家康軍)に攻略されました。関ヶ原の合戦後は、徳川家の支配下となりました。

成瀬正成

1617年に家康の側近・成瀬正成が2代将軍・秀忠より犬山城を拝領し、代々成瀬家が城主を務めました。明治時代には県の所有になったものの、1891年の濃尾震災で天守も被害を受け、県では修理ができなかったため、成瀬家に修理を条件に譲渡され、2004年に財団法人犬山城白帝文庫に移管するまで、日本で唯一の個人所有の城として知られてきました。

お問合せ(犬山観光案内所)

0568-61-6000