犬山城の御城印

更新日
2024年3月11日

犬山城の御城印帳

国宝犬山城オリジナルポケットタイプの御城印帳を新発売します。現在、御城印帳の通販(尾張犬山onlineふるさと市)を行っています。尚、御城印の通販は行っておりません。あしからずご了承くださいませ。

販売開始:令和2年6月1日
販売場所:犬山城前観光案内所(犬山市犬山北古券12-17)
販売時間:9:00-16:30
販売料金:2,400円(1冊につき)

犬山城の御城印とは

改元に合わせて、国宝犬山城の御城印を犬山城前観光案内所で頒布します。用紙はユネスコ無形文化遺産「本美濃紙」の産地で漉かれた美濃和紙を使用し、御城印には大きく「国宝犬山城」の文字。地元の書家・松浦白碩氏による揮毫。背景には犬山城にゆかりのある織田家・豊臣家・徳川家・成瀬家の家紋が描かれています。ここ数年、観光客から御城印について問い合わせが相次いでいたため、改元にあわせて頒布を開始することになりました。

犬山城の御城印は「観光案内所」のみで販売

販売開始:令和元年5月1日
販売場所:犬山城前観光案内所(犬山市犬山北古券12-17)
販売時間:9:00~16:30
販売料金:300円(1枚につき)

織田信長

犬山城は1537年に織田信長の叔父・信康によって創建されました。1565年に信康の子・信清は従弟にあたる信長に犬山城を奪い取られ、信長の家臣で乳兄弟にあたる池田恒興が城主となりました。

豊臣秀吉

1584年には秀吉対徳川家康と信長の次男・信雄との間で「小牧・長久手の戦い」がはじまりました。当時の犬山城主は信雄の家臣・中川定成でしたが伊勢出兵中で不在であったため、信長の死後に秀吉の家臣となった池田恒興が木曽川をわたり奪い取り、犬山城は秀吉軍の本拠地となりました。

徳川家康

1600年の関ケ原の合戦で、犬山城は西軍側(石田三成軍)の前線基地でしたが、前哨戦で東軍(徳川家康軍)に攻略されました。関ヶ原の合戦後は、徳川家の支配下となりました。

成瀬正成

1617年に家康の側近・成瀬正成が2代将軍・秀忠より犬山城を拝領し、代々成瀬家が城主を務めました。明治時代には県の所有になったものの、1891年の濃尾震災で天守も被害を受け、県では修理ができなかったため、成瀬家に修理を条件に譲渡され、2004年に財団法人犬山城白帝文庫に移管するまで、日本で唯一の個人所有の城として知られてきました。

お問合せ(犬山駅観光案内所)

0568-61-6000

白帝城の御城印は「観光案内所」のみで販売

販売開始:令和4年9月1日
販売場所:犬山城前観光案内所(犬山市犬山北古券12-17)
販売時間:9:00~16:30
販売料金:300円(1枚につき)

白帝城という別名は江戸時代の儒学者、荻生徂徠が名付けたとされ、木曽川沿いの小高い山の上にある犬山城の様子が、八世紀の中国の詩人、李白の詩に出てくる白帝城(中国・重慶市)を想起させたことに由来します。犬山市民にはなじみ深い名で「白帝」は保育園や書道や剣道団体など多くの場面で使用されています。